美容師になって

 

中学生の頃、美容室と自宅が一緒だったので、学校から帰ってくると店の掃除とタオルの洗濯は私の仕事でした。

 

早く帰ると用事が待っているので、寄り道をして遅く帰る事もありました。

 

いつも、母はお客さんが預けていった赤ちゃんを背中におぶって、パーマをかけていました。お母さんが迎えにこないチビッコもいて、よくお泊りもしていました。

 

そんな働く母の姿を見ていると、美容師の仕事が華やかな印象はなくて「たいへんな仕事だなぁ」と思っていました。

 

母は小さかった私たち姉妹をかかえて、女手一つで育ててきたので、「手に職をつけて自分で食べていけるように」というのを、母にずっと言われてきました。

 

「手に職=美容師」 というのは自分の中で考えていなかったのですが、さすがに母の誘導がうまかった!

 

「人が一つするうちに、二つしないといけない」と高校に通いながら、美容の通信教育を受けました。高校卒業と通信も終え、他店にインターンに。

 

「そうや免許だけとってたらイザという時の役にたつ」と思い、国家試験も無事終わり、さあ何か仕事を!と思った時に

 

母の名言。

「美容師はいいで~暑いときは涼しい所で、寒い時はぬくい所で仕事ができるで」と!

 

きっとはじめから「美容師に」と言われていると、反発していたかもわかりません。。

 

この母のじっくり巧みな誘導で、一生の仕事に出会うことが出来ました。

 

今、この仕事が出来ることを心から感謝しています。

 

〜技術習得の道のり〜

 

美容師になってから、次々と習得したい技術があり、どんどん挑戦することが出来ました。

母はとてもたいへんだったと思うのですが、「やりたい」ということをすべてさせてもらえました。

美容は着付け、花嫁着付けまで習得しなければならないと思っていたので、コンクールにも挑戦しました。

 

今まで苦労をかけた母に、コンクールで賞をとって喜んでもらいたかったのですが、何度も悔しい結果で終わっていました。

 

そして、初めて挑戦した大会で、「なんとか賞をとりたい。3位までに入りたい。」と思って順位発表を舞台上で聞いていました。

『どうか3位に』

 

「3位は」

呼ばれませんでした。

 

もう母に合わせる顔がない。

こんなに応援してくれてるのに・・

客席からもわかるぐらいにうなだれていました。

 

もうどう言ったらいいか、申し訳ない、それだけが頭をよぎっていました。

 

それから2位、1位と発表がありました。

 

もう聞く耳はありませんでした。

 

 

「1位」

 

「尼崎市」

 

「フレッシュ美容室」

 

 

「金城美智江さん」

 

 

「やったー!」

 

母が立ち上がって大きな声でー

 

スタッフも立ち上がり

 

「やったー」

 

と大きな声が聞こえました。

 

もう何が起きたのか~

 

もう

 

私は嬉しくて嬉しくて、一緒にがんばってくれたモデルさんと手を取り合って、舞台上をスキップしていました!

 

「やったー」

 

ようやく辿り着いたと。

みんなのおかげでここまでこれて、やっと喜んでもらうことができた!

 

本当に嬉しかったです!

 

 

お世話になった美容学校で、コンクールと同じように、生徒さんにモデルになっていただき模範着付けをさせていただきました。

朝日新聞に載せていただきました。

他でも展示をさせていただきました。

 

~お支度初仕事~

若い頃にご結婚されて結婚式をあげてないので、ぜひ写真を撮りたい!

とお支度をさせていただきました。

元気いっぱいの男の子3人とご家族で笑顔いっぱいの写真でした。

 

「ぼくのお母さんお嫁さんになったよ」

 

と、学校でお友だちに喜びいっぱいで話したそうです

 

 

 

 

 

 

 

髪も肌もきれいになれる

尼崎のフレッシュ美容室

    0664290707

 兵庫県尼崎市南塚口町8-27-11